カズシン・ブログ

不動産業界20年を越えて この経験に基づく~物件論

母のこと

2018.11.18

母は昭和16年生まれ、現在77歳になります。

おかげ様でおおむね元気です。

いろいろなことがありました。

言葉にすれば簡単な1つか2つで終わるようなことかもしれませんが、ほんとうにいろいろなことがあったと思います。

母は今なお私を懸命に支え、手助けしてくれます。

母は利発な少女だったようですが、当時、女性の大学進学は「良い結婚の妨げになる」という風潮があり、諸事情から抵抗できず断念しました。

私の時代は、女性の大学進学は母の時代より一般的になっていましたが、それでも地方在住の女の子が家を出て遠方の大学へ進学することは、なんとなく大変でした。「町内初」の出来事でしたから。

それでも私は実家を出て大学へ進学することができました。母が後押ししてくれたお蔭があると思っています。

私の娘は自宅からですが大学へ進学しました。来年卒業です。4年で卒業してくれることに感謝です。なぜなら、私は最初の大学を中退し、再度別の大学へ入り直したため、ずいぶん親(母)には学費面・生活費面で負担をかけました。

娘は長くアルバイトをしています。お金の貴さを肝に銘じて育っていると思います。働き通しでほとんど構ってやれなかった私の傍らで、必死で大きくなってきたのだと胸が熱くなります。

多趣味な子で、好きな事がたくさんある子です。好きなことがあると、辛い時ももう少しがんばってみようと思えるのかもしれません。未来に希望があるからです。

未来に希望がないことは残酷なことだと思います。

仕事もどのような単調な雑用であっても、それが未来の希望につながっていることであれば、がんばってやれるものでしょう。しかし、希望を持てない中でのそのような労働は、多くの人間にとって苦痛以外にはならない気がするのです。

希望を持てる人と持てない人の違い。人生の大きな違いになります。希望を持てない人生に置かれているなら、やはり国や誰かの手助けが必要でしょう。希望というものは「星に願いを」の思いを持ち強く念じるだけでは、叶うことは少ないと私は思っています。

希望を持てないことは本人だけの責任ではないと思います。時代や環境やその他諸々のことが影響しているのではないでしょうか。

その一方、希望を持てないほどの過酷な状況を経て、なお自身の強い思いで、力をつけて「希望」に巡り合う人もいることでしょう。

希望を持つことを恐れないで、欲することができるところからがスタートなのかもしれないと思います。

世の中には、「希望を持てる人」と「希望を持てない人」がいると同時に、「利用する人」と「利用される人」がいると感じています。

利用される人はなぜ利用されてしまうのでしょうか。端的に言えば、相手が上手(うわて。いい意味では言っておりません)ということでしょう。危険を感じたら近づかないこと。違和感を感じたら立ち止まること。逃げ道がなくなる前に、気づくこと。一番いいのは、そのような人とは関わりを最初から持たないことでしょう。唯一、そのような人(「利用する人」)と関わって良かったといえるのは、「今回は良い勉強になった」と前向きに未来を見て、次はそのような人に利用されたり騙されたりしないですむことでしょう。

利用する人は「あなたをこれから利用します」と言って近づいてきません。だから、気がつくと、相手の思う壺。こういう経験をする人は何度でも同じような経験を繰り返すものだと思います。

経験したらせっかくの経験を生かして、次からは利用されたり騙されたりしないようになれるといいですね。

私自身も、そうなりたいと思うのです。

カズシン株式会社

代表取締役 山内和美